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2008年08月27日

市民運動の成果 チボリ終結で3者声明 「しんぶん赤旗」伝える

8月27日付「しんぶん赤旗」は、「岡山 市民運動の成果 チボリ終結で3者声明」と伝えています。
記事を紹介します(画像)。
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2008年08月08日

「赤旗」8日付が「チボリ閉園へ」と伝える

8日付「しんぶん赤旗」第4面では、「倉敷チボリ閉園へ 赤字144億円 三セク解散決議」と伝えています。
記事を画像版で掲載します。

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2008年08月02日

チボリ問題年表

 1987年10月 岡山市が市制百周年記念事業の「センチュリーパーク構想」として「チボリ公園誘致」を公表。ここからチボリ問題が始まるが、その前史がある。86年10月百周年記念事業企画委員会が設置され、堀貞一郎ランド・システム代表からチボリ誘致が提案されると、87年5月チボリ公園岡山誘致委員会が故長野知事、松本岡山市長、伊原木天満屋社長ら県政財界中心人物6人による「如月会」に堀氏を加え7人でつくられ、同年10月伊原木・堀の間で「チボリ誘致交渉依頼の覚書」が締結され、市民に公表される前にチボリ公園誘致が始まっていた。
 1988年7月企画誘致会社「センチュリーパークチボリ社」(会長長野知事)が設立され、堀氏のランドシステム社と「業務委託契約」を結び、成功報酬を支払い、運営・広告など独占委託することが約束された。しかし、このことは岡山市には知らされず、契約書により堀氏に多額の支払いが行われた(手切れ金を含め総額8億円余)。1990年2月長野会長、伊原木副会長、新下社長で管理運営会社「チボリ・ジャパン社」(県5億円、財界43億円出資)が設立されたが、岡山市の出資金3億円は議会が凍結。
 1990年10月岡山市議会に「チボリ公園問題真相究明」の百条委員会が設置され、91年3月長野氏及び伊原木氏の告発決議が成立した。
 1991年2月岡山市長選で安宅市長が当選し、同年7月チボリ事業から撤退声明。
 1991年9月2日故長野知事が故渡邉倉敷市長(同年2月市長選で当選)を訪ね「県主体で事業推進する」「倉敷での立地に協力を」と要請し、同年6月工場閉鎖したクラボウ工場跡地での事業推進を協議。「岡山市制百周年記念事業」でなくなったチボリ公園事業が、岡山県主導で展開されることになった。1993年5月クラボウと土地賃貸で合意し、1995年5月岡山県と倉敷紡績が「定期借地権設定契約」を締結した。
 1994年2月阪急電鉄が中核企業にならないと表明したので、「民間主導」から「県主導」の新計画案
を出し、倉敷市に100億円出資・融資を要請。同年4月臨時倉敷市議会で、日本共産党などの反対を押し切って100億円出資・融資を可決。ここから、市民の大半が反対していたチボリ公園事業への倉敷市の関与が始まった。
 1991年9月「チボリはいらない倉敷市民の会」10月「チボリに反対する県民の会」が結成され、デンマーク・チボリ調査団派遣、住民訴訟(チボリ訴訟弁護団結成される)、「著名人反対コメント公表」、宣伝・署名活動など反対運動が活発に展開された。
 1995年10月より建設が始まり、1997年7月「倉敷チボリ公園」の名でオープンしたが、96年知事選「長野県政継承」で当選した石井知事がテープカットした。石井知事が事業推進した責任は免れない。
 「チボリ・ジャパン社」社長は、クラボウとの交渉で辣腕を振るった河合副知事が第2代として、「倉敷チボリ公園」の運営を行ったが、入場者数半減、累積赤字を増大させ、2001年高谷社長(おもちゃ王国社長)に交替した。高谷社長は「経営改革」と称してリストラを行ったが入場者数減は止まらず、莫大な赤字を残して2005年9月高谷氏が岡山市長選出馬のため辞任。服部氏が社長に就任したが、不祥事を起こして数ヶ月で辞任し、2006年6月株主総会で坂口社長が就任するという、めまぐるしい展開をした。  2006年1月 県が「倉敷チボリ公園在り方検討委員会」を開催し、県民アンケート実施(倉敷市の関与を求めるアンケート項目があり、倉敷市議会全会一致で県に抗議)、指定管理者制度導入が検討された。一方で、デンマークのチボリインターナショナル社とチボリ・ジャパン社とが、1995年12月に結んだロイヤリティ契約期限切れを迎えて契約更新交渉が行われたが、2007年7月交渉決裂により、2008年末で「チボリ」の名称使用禁止となった。
 2007年9月5日石井知事が古市倉敷市長を訪ね「チボリ公園を県主体で支えるのは困難。倉敷市主体の運営の検討」を要請。岡山市から拒否されたチボリ公園を倉敷市に押し付け、今度は破綻が明白になった事業を倉敷市に押し付けようとするもの、と反対の声が広がり、古市市長は知事に拒否回答を知事に出した。
 石井知事は「2008年末で県の支援打ち切り」を表明する一方、倉敷市への支援要請の発言を繰り返してきた。しかし、2008年4月の市長選挙で当選した伊東倉敷市長が同年7月「県の支援が無ければ倉敷市支援は検討できない。県知事の責任で最後まで解決を」と最終回答したことで、事業終結に向けた知事の責任ある行動が求められている。
 チボリ・ジャパン社解散動議が出されれば、県も倉敷市もこれに賛成する、との表明がなされる中で、8月6日取締役会で、同社の解散、クラボウへの土地返還が具体化される状況に至った。

2007年12月22日

地代など補助せず 武田県議質問に岡山知事---「しんぶん赤旗」22日付

「しんぶん赤旗」22日付は「地代など補助せず 武田県議質問に岡山知事」として倉敷チボリをめぐる県議会での石井知事の答弁などを伝えています。
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2007年10月23日

「倉敷チボリは廃園に 民主県政つくる会が報告・討論集会」しんぶん赤旗23日付

しんぶん赤旗10月23日付「中国・四国のページ」では、 民主県政つくる会が「倉敷チボリは廃園に」と報告・討論集会を催したことを伝えました。

「倉敷チボリは廃園に 民主県政つくる会が報告・討論集会」しんぶん赤旗23日付

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2007年10月05日

「知事責任で閉園早く」 しんぶん赤旗10月5日付

日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」5日付、中国四国のページの「中四国リポート」としてチボリが取り上げられ、日本共産党県議団が「チボリへのこれ以上の税金投入は許されない」として事業終結の判断をするよう知事に求めていることなどを伝えています。
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2006年05月19日

チボリに財政支出しない 市長が回答

しんぶん赤旗」5月18日付は、チボリに財政支出しない 倉敷市長が「会」に回答 と報じています。
記事を紹介します。
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2006年04月01日

「“折衷案”は税金投入の道」大本議員BLOG

大本議員「微笑みBLOG」では06年3月30日付で「チボリ」をとりあげています。
タイトルは、
何故無視する倉敷市民の声ーー「折衷案は」税金投入の道
です。以下、全文を紹介します。

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2006年03月21日

小山市議がニュースで「チボリ」を特集

小山ひろみち議員がチボリ問題を特集したニュースを発行しましたので紹介します。
小山ひろみちニュース チボリ問題特集号 2006年3月26日発行PDF128KB

2006年03月20日

日本共産党武田県議がメールニュースでチボリをとりあげる

日本共産党岡山県議団長の武田英夫さんのメールニュースでチボリをとりあげています。
該当部分を紹介します。
なお、武田県議のホームページは
http://www.nijiiro.org/takeda/
です。

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2006年03月17日

赤坂県議がチボリで質問 3月10日

日本共産党赤坂てる子県議は、チボリ問題などで議会質問しました。
同県議のBLOG掲載の記事のうち、チボリ関係を抜粋して紹介します。

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チ社への貸付金38億3290万円に反対

倉敷市議会2月定例会で、末田議員が反対討論に立ちました。チボリ関係を抜粋し紹介します。
なお、同議員の反対討論全文はこちらからどうぞ。反対討論PDF36KB


「チボリ・ジャパン社への貸付金38億3290万円は、公共性もなく、累積赤字も78億円にものぼり経営的には破綻が明らかであるレジャーランド、チボリ事業への支出です。この支出は認めることは出来ません。よって反対いたします。」

2006年03月16日

倉敷新聞「常に未来の公園めざせ 怠りなく経営努力」

倉敷新聞1996年8月25日付は「開園まであと11カ月 倉敷チボリ公園 >完<」の記事を掲載しています。紹介します。

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2006年03月15日

市民の会「チボリ参画は借金地獄への道」

チボリ公園はいらない倉敷市民の会がかつて発行したビラの第2面(画像)を紹介します。
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読売新聞「遊園地でもない、公園でもない 『赤字のつけは市民に回る』」1995年

読売新聞1995年8月22日付は「チボリ再考 下」を掲載しています。紹介します。

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2006年03月14日

読売新聞「先行投資に値するか」1995年

読売新聞1995年8月20日付は「チボリ再考 中」で 「先行投資に値するか」 周辺商店街から不協和音 として記事を掲載しています。紹介します。

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2006年03月13日

読売新聞「敷地が狭過ぎる 人出予想数に疑問の声も」1995年

読売新聞1995年8月19日付で「チボリ再考 上」の記事を掲載してます。紹介します。

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「なぜ!? ゲームセンター・ジェットコースター… こんなものにまで県費を」日本共産党県議会報告1994年

日本共産党県議会報告No.13(1994年4月10日付)ではチボリをとりあげています。第2面を紹介します。

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「臨時市議会でチボリに15億円出資を強行採決」1994年

1994年に、チボリ公園はいらない倉敷市民の会が発行した「臨時市議会でチボリに15億円出資を強行採決 市民が力を合わせて暴走に歯止めを!」のビラを紹介します(画像)。
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2006年03月12日

「チボリに関する公開質問状」2001年10月

2001年10月9日、「チボリ」に反対する県民の会とチボリはいらない倉敷市民の会が連名で倉敷市長あてに提出した「チボリに関する公開質問状」を紹介します。
チボリに関する公開質問状 PDF17KB
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2006年03月11日

倉敷新聞「チボリ問題は一応ケリ 中田新市長が誕生」

倉敷新聞1996年8月4日付けは「倉敷チボリ公園 >11< 開園まであと一年」の記事を掲載しています。紹介します。
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写真は、同記事から。

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2006年03月10日

「倉敷チボリ」基本情報 岡山県資料から

岡山県が催した「第1回倉敷チボリ公園の在り方検討委員会」に提出された資料のうち、「概要」を紹介します。

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倉敷新聞「渡辺行雄市長の死去で 再びチボリ選挙に」

倉敷新聞1996年8月3日付は、「倉敷チボリ公園 >10< 開園まであと一年」との記事を掲載しています。紹介します。

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2006年03月09日

倉敷新聞「渡辺、室山氏が一騎打ち チボリ公園争点に」

倉敷新聞1996年8月2日付で、「倉敷チボリ公園 >9< 開園まであと一年」の記事を掲載しています。紹介します。

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倉敷新聞「6年4月にゴーサイン 市議会賛成多数で可決」

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倉敷市議会での採決の様子を伝える、「倉敷新聞」記事から

倉敷新聞1996年7月30日付は、「倉敷チボリ公園 >7< 開園まであと一年」として次の記事を掲載しています。紹介します。

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2006年03月08日

倉敷新聞「3年9月議会から集中 チボリ質問絶えず」

倉敷新聞1996年7月26日付は、「倉敷チボリ公園 開園まであと1年 >4<」と題した記事を掲載していますので紹介します。
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破綻したチボリ事業に終止符を

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2005年8月に、「チボリ」に反対する県民の会 チボリはいらない倉敷市民の会が発行したチラシを紹介します。

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2006年03月07日

市民・県民の税金で「チボリ」が財テク!

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2005年8月に、「チボリ」に反対する県民の会 チボリはいらない倉敷市民の会が発行したチラシを紹介します。

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「チボリ公園も財政も心配ありません」  倉敷市印刷物から

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倉敷市公聴広報課が、かつて発行した「チボリ公園も財政も心配ありません」と題したチラシをご紹介します。

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